東京地方裁判所 平成元年(ワ)15986号 判決 1991年5月29日
原告 五十嵐善次
<ほか一名>
原告ら訴訟代理人弁護士 竹田真一郎
被告 渡辺芳枝
<ほか四名>
被告ら訴訟代理人弁護士 鎌田俊正
主文
1 被告らは、各自、原告五十嵐善次に対し、四四四万円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、各自、原告株式会社ジャパンブックに対し、六九一万五六七〇円及び内金五八三万七三〇〇円に対する平成元年一二月二九日から、内金一〇七万八三七〇円に対する平成三年一月一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用中、原告五十嵐善次と被告らとの間に生じたものは被告らの負担とし、原告株式会社ジャパンブックと被告らとの間に生じたものはこれを一〇分し、その一を同原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
5 この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告らは、各自、原告五十嵐善次(以下「原告五十嵐」という。)に対し、四四四万円及びこれに対する平成元年一二月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、各自、原告株式会社ジャパンブック(以下「原告会社」という。)に対し、七四二万二三七〇円及びこれに対する平成元年一二月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
一 原告らの請求の原因
1 訴外渡辺義雄は、訴外株式会社光和ビルディングから賃借していた東京都港区南麻布二丁目一〇八番一宅地一〇七・五〇二平方メートル(以下「本件借地」という。)に建物を所有していたが、昭和三一年五月一七日に死亡し、その妻の被告渡辺敏子、右両人の間の長男の訴外渡辺利明(以下「訴外利明」という。)、長女の被告渡辺芳枝、二男の被告渡辺正勝、三男の被告渡辺修二及び二女の被告亀山眞佐美は、訴外渡辺義雄の相続人として、その財産に属した一切の権利義務を相続によって承継した。
2 その後、本件借地には別紙物件目録一記載の区分所有建物(以下「本件全体建物」という。)が建築され、昭和五三年一一月一五日にその各専有部分について訴外利明のために各所有権保存登記がなされた。
ところが、被告らは、本件全体建物は被告らと訴外利明とが共同して建築したものであるとして、その各専有部分が訴外利明の単独所有に属することを争い、昭和五四年に訴外利明を相手方として右各保存登記につき被告ら及び訴外利明の持分を各六分の一とする各更正登記手続を求める訴えを東京地方裁判所に提起し、東京地方裁判所は、昭和五八年一〇月一四日、被告らの請求を認容する判決を言い渡した。
そして、訴外利明は、右第一審判決に対して、東京高等裁判所に控訴の申立てをした。
3 被告らは、このような状況下の昭和六〇年八月一七日、本件全体建物の各専有部分が被告らと訴外利明との共有に属するものとして、訴外原告五十嵐との間において、本件全体建物のうちの別紙物件目録二記載の建物部分(以下「本件建物」という。)につき、被告らを貸主、原告五十嵐を借主として、次のとおりの約定による賃貸借契約を締結して、これを原告五十嵐に貸し渡し、原告五十嵐は、これに基づいて、その頃、被告らに対して、保証金六一〇万円を預託したほか、右同日から昭和六二年八月一六日までの間に賃料等として合計四四四万円を支払って、これを借り受けた。
(一) 賃借期間 昭和六〇年八月一七日から二年間
(二) 賃料等 賃料及び管理費(以下「賃料等」という。)の額を一か月一八万五〇〇〇円とし、毎月二七日限り翌月分を支払う。
(三) 保証金等 原告は、被告らに対して、保証金として六一〇万円を預託する。
(四) 更新料 期間満了時に賃貸借契約を更新するときは、原告は、被告らに対して、更新料として保証金の額の四パーセントを支払う。
4 原告五十嵐は、昭和六〇年一〇月に原告会社を設立してその代表取締役に就任し、その営業のために本件建物を使用していたが、前記賃貸借契約の期間満了に伴って、被告ら、原告五十嵐及び原告会社は、原告会社を借主として改めて賃貸借契約を締結することとし、その際、賃借期間を昭和六二年八月一七日から三年間とし、右同日以降の賃料等の額を一か月二四万〇五〇〇円に改めたほか、原告五十嵐が預託した前記保証金の返還請求権は原告会社において承継するものとするとの合意をした。
そして、原告会社は、その頃、被告らに対して、更新料として二四万四〇〇〇円を支払ったほか、昭和六二年一二月三一日までの間に賃料等として合計一〇七万八三七〇円を支払って、これを借り受けた。
5 ところが、前記訴訟事件の控訴裁判所である東京高等裁判所は、昭和六二年一二月二三日、本件全体建物は訴外利明が単独で建築したものであり、本件建物を含むその各専有部分は訴外利明の単独所有に属するものとして、前記第一審判決を取り消して被告らの請求を棄却する判決を言い渡した。
被告らは、右控訴審判決に対して上告の申立てをしたが、最高裁判所は、平成元年六月二三日、被告らの上告を棄却する旨の判決を言い渡し、右控訴審判決は、これによって確定した。
6 訴外利明は、この間の昭和六〇年一〇月、原告五十嵐を相手方として、本件建物が訴外利明の単独所有に属するものとして、本件建物の明渡し及び昭和六〇年八月一七日以降の賃料等相当損害金の支払いを求める訴えを提起し、東京地方裁判所に係属中であったが、原告五十嵐及び右訴訟に利害関係人として参加した原告会社は、前記の控訴審判決が言い渡されたところから、本件建物が訴外利明の単独所有に属するものであることを前提として、昭和六三年四月七日、訴外利明との間において、右控訴審判決が変更されることなく確定することを停止条件として、原告らは、訴外利明に対して、本件建物を占有する権原を有しないことを確認するとともに、昭和六〇年八月一七日から昭和六二年一二月三一日までの間の本件建物の賃料等相当額の損害金としてこの間に原告らが被告らに支払った賃料等と同額の五五一万八三七〇円を平成二年一二月末日までに支払うこと、訴外利明は、原告会社に対して、本件建物の明渡義務を右同日まで猶予し、原告会社は、その間、訴外利明に対して、一か月二四万〇五〇〇円の賃料等相当額の損害金を支払うことなどを内容とする裁判上の和解をして、訴外利明に対して、右損害金を支払った。
また、原告会社は、平成元年一二月二八日までに被告らに送達された本件訴状によって、被告らに対して、その責めに帰すべき事由により本件建物を原告会社に使用収益させる債務が履行不能となったことを理由として、本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
7 被告らは、以上のとおり、当初から訴外利明の単独所有に属していた本件建物を原告らに賃貸して、原告らから昭和六〇年八月一七日から昭和六二年一二月三一日までの間に合計五五一万八三七〇円の賃料等を収得し、訴外利明に対して、右同額の不当利得の返還債務又は不法行為による損害賠償債務を負っていたものであるところ、原告らが前記裁判上の和解に基づき訴外利明に対して右の期間の賃料等相当額の損害金を支払ったことによって、右不当利得返還債務又は不法行為による損害賠償債務を免れて同額の利得を得たものである一方、原告らは、それぞれの賃借期間についての賃料等又はその相当額の損害金の二重払いを余儀なくされて、同額の損失を被ったものである。したがって、被告らは、原告五十嵐に対して四四四万円の、原告会社に対して一〇七万八三七〇円の不当利得の返還義務がある。
また、被告らは、原告会社に対して、賃貸借契約の終了に伴い、前記保証金六一〇万円の返還義務を負うほか、債務不履行による損害賠償として、原告会社が被告らに支払った更新料二四万四〇〇〇円及び賃料等一〇七万八三七〇円の合計一三二万二三七〇円の損害賠償義務がある。
8 よって、原告五十嵐は、被告ら各自に対し、右不当利得金四四四万円の返還及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日以後の日である平成元年一二月二九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告会社は、被告ら各自に対し、右不当利得金又は債務不履行による損害賠償金一三二万八三七〇円の返還又は支払い、賃貸借契約の終了による保証金六一〇万円の返還及びこれらに対する右同日から支払済みに至るまで右同割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因事実に対する被告らの認否
1 請求原因1ないし5の事実は、認める。
2 同6前段の事実は知らず、後段の事実は認める。
3 同7の事実中、被告らと訴外利明との間の訴訟事件における判決によって本件建物が当初から訴外利明の単独所有に属していたことになったことは認め、その余の主張は争う。
他人の物についても賃貸借契約は有効に成立し、原告らは被告らとの賃貸借契約に基づいて本件建物を使用収益してきたのであるから、被告らが原告らから賃料等を収得したことは、原告らに対する関係においては、不当利得となることはない。
また、被告らは、原告らと賃貸借契約を締結した当時においては、前記の東京地方裁判所の第一審判決が存在し、被告らが本件建物について所有権持分六分の五を有していて、本件建物を他に賃貸する権限があるものと信じていたのであるから、本件建物について善意の占有者として果実収取権を有していたものであって、原告らから収得した賃料等につき、訴外利明に対して、不当利得の返還義務を負うことはなく、また、右のように信じたことに過失はなかったのであるから、不法行為による損害賠償義務を負うものでもない。
さらに、原告らは、被告らに対して賃料等を支払っていたのであるから、本件建物を使用収益したことが、訴外利明に対する関係において不当利得となることはなく、また、原告らも、被告らに本件建物の賃貸権限があるものと信じ、かつ、そのように信じたことに過失はなかったのであるから、訴外利明に対して、不法行為による損害賠償義務を負うものではない。
したがって、原告らが訴外利明との間の裁判上の和解に基づいて本件建物の賃借期間についての賃料等相当額の損害金を支払ったからといって、被告らに対して不当利得の返還請求権を取得する理由はない。
三 被告らの抗弁
1 被告らは、昭和六二年一二月一八日又は昭和六三年一一月二五日、訴外利明に対して、建物の区分所有等に関する法律一〇条の規定に基づいて、本件建物がその一部である専有部分の区分所有権を時価で売り渡すべきことを請求し、これによって右専有部分の区分所有権を取得した。
2 被告らは、本件全体建物の建築資金に供するため、昭和五二年一一月頃までに、被告渡辺敏子においては一五〇万円を、被告渡辺芳枝においては二〇〇万円を、被告渡辺正勝においては一一一万五〇〇〇円を、被告渡辺修二においては一五〇万円を、それぞれ訴外利明に提供して預け入れた。
また、訴外利明は、昭和五四年三月、訴外久保敦司に対して、本件全体建物のうちの七階専有部分を本件借地の敷地利用権とともに代金二五〇〇万円で売り渡し、これによって、右敷地利用権のうち被告らの準共有持分にかかる部分の代金一五八三万四〇〇〇円相当を不当に利得したものである。
したがって、被告らは、右預け金債権又は不当利得返還債権による相殺の抗弁をもって原告らに対抗することができるものというべきである。
そこで、被告らは、平成二年五月二八日の本件口頭弁論期日において、右各債権をもって、原告らの本訴請求にかかる不当利得の返還請求権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。
3 被告らは、原告会社との間において、同原告との間の本件建物の賃貸借契約を締結するに際し、同原告から預託を受けた保証金六一〇万円につき、被告らは賃貸借契約が終了して被告らが本件建物の明渡しを受けたときは、その二〇パ―セントを償却した残額を原告会社に返還するとの合意をした。
四 抗弁事実に対する原告らの認否
1 抗弁1の事実は、否認する。
2 同2の事実中、被告らが相殺の意思表示をしたことは認め、その余の事実は知らない。
原告らは、訴外利明に対して、不法行為による損害賠償として本件建物の賃料等相当額の損害金を支払ったものであって、被告らの訴外利明に対する債務を第三者として弁済したものではないのであるから、被告らは、その主張するような相殺の抗弁をもって原告らに対抗することはできない。
3 同3の事実は、否認する。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1ないし5の事実は当事者間に争いがなく、同6前段の事実は《証拠省略》によってこれを認めることができ、被告らと訴外利明との間の訴訟事件における判決によって本件建物が当初から訴外利明の単独所有に属していたことになって、結局、被告らは原告らに対して本件建物を賃貸する権限を有していないことになったことは、被告らの自認するところである。そして、原告会社が平成元年一二月二八日までに被告らに送達された本件訴状によって被告らに対して本件建物の賃貸借契約の履行不能を理由としてその賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
なお、被告らは、昭和六二年一二月一八日又は昭和六三年一一月二五日に訴外利明に対して建物の区分所有等に関する法律一〇条の規定による売渡請求権を行使し、これによって本件建物がその一部である専有部分の区分所有権を取得したと主張するけれども、被告らについて右売渡請求権を行使することができる要件が存在することを認めるに足りる証拠はない。《証拠省略》によれば、被告らは、右売渡請求権の行使によって右専有部分の区分所有権を取得したとして、訴外利明を相手方としその所有権移転登記手続を求める訴えを東京地方裁判所に提起したが、東京地方裁判所は、平成二年六月二六日、被告らの請求を棄却する判決を言い渡したことが認められる。
二 ところで、賃貸人がその権限がないにもかかわらず他人の物を賃貸した場合においても、当事者間においてはもとより賃貸借契約は有効に成立し、これに基づいて賃借人が賃借物を使用収益した以上、賃借人は賃料の支払債務を免れない一方、賃貸人が賃料を収得しても、それが賃借人に対する関係において不当利得を構成するものではないことはいうまでもない。
しかしながら、賃貸人は、所有者に対する関係においては、権限なくして他人の財貨から利得を得たものとして、不当利得の返還義務を免れないものというべきである。もっとも、この場合においては、民法一八九条の規定の適用をみ、したがって、賃借人が善意の占有物として果実収取権を有する限りにおいては、収得した賃料を返還する義務がないとともに、本権の訴えにおいて敗訴判決が確定したときには、訴えの提起があったときから悪意であったものと擬制され、賃貸人は、所有者に対して、そのとき以降において収得した賃料を不当利得として返還する義務があるものというべきである。そのほか、賃貸人は、故意又は過失があるときは、所有者に対して、不法行為による損害賠償義務を負うことはいうまでもない。
他方、賃借人は、権限を有しない賃貸人との間において締結した賃貸借契約をもって所有者に対抗することはできず、したがって、当該目的物を用益したことは、所有者との関係においては法律上の原因を欠くことになるけれども、賃貸人に対して賃料を支払っている限りにおいては、賃借人には通常利得はなく、賃借人は、賃料が特に低廉であったなど特段の事情がない限り、所有者に対して不当利得を返還すべき義務はない。しかし、賃借人は、故意又は過失があるときは、賃貸人に賃料を支払ったかどうかにかかわらず、所有者に対して、不法行為による損害賠償義務を免れないことはいうまでもない。
これを本件についてみると、被告らが訴外利明を相手方として提起した前記建物所有権保存登記更正登記手続請求の訴えは民法一八九条二項にいわゆる本権の訴えに当たるものというべきであり、右訴訟事件においては被告らの敗訴の判決が確定したのであるから、被告らは、右訴えの提起があった昭和五四年以降、本件建物が訴外利明の単独所有に属し、被告らがこれを他に賃貸する権限を有しないことについて悪意であったものと擬制され、少なくとも、原告五十嵐から昭和六〇年八月一七日から昭和六二年八月一六日までの間の賃料等として収得した四四四万円及び原告会社から同月一七日から同年一二月三一日までの間の賃料等として収得した一〇七万八三七〇円の合計五五一万八三七〇円については、訴外利明に対して、不当利得としてこれを返還すべき義務があるものというべきである。
他方、原告らは、被告らに支払った賃料等が特に低廉であったなどの特段の事情のない本件にあっては、訴外利明に対して、本件建物を用益したことについての不当利得の返還義務を負うことはないものというべきであるけれども、不法行為による損害賠償義務を負うかどうかは、専ら原告らの故意又は過失の存否にかかるところである。
三 以上のような法律関係の下において、原告らは、訴外利明との間の裁判上の和解に基づいて、訴外利明に対して、昭和六〇年八月一七日から昭和六三年一二月三一日までの間の本件建物の賃料等相当額の損害金としてこの間に原告らが被告らに支払った賃料等と同額の五五一万八三七〇円を支払ったものである。
そして、原告らが本件建物を用益して訴外利明の所有権を侵害したことが訴外利明に対する不法行為を構成するかどうかは、専ら原告らの故意又は過失の存否にかかるところであって、訴外利明と被告らとの間においては本件建物が被告らと訴外利明との共有に属するものと認定、判断した東京地方裁判所の前記第一審判決が存在したことに照らすと、直ちに原告らに右故意又は過失が存在したものと断定することはできないけれども、原告らは、訴外利明に対して、昭和六〇年八月一七日から昭和六三年一二月三一日までの間の本件建物の賃料等相当額の損害金として前記五五一万八三七〇円を支払ったものである以上は、右の点をいずれに解すべきものとしても、それによって訴外利明の損失はなかったことになるのであって、その限度において被告らの訴外利明に対する不当利得返還債務は消滅し、被告らがこれを免れることになることは否定できないところである(そのほか、被告らに故意又は過失があって、訴外利明に対して不法行為による損害賠償債務を負う場合においても、原告らの右損害金の支払いによって訴外利明の損害は填補されたことになり、被告らは、これによって右損害賠償債務を免れることになる。)。
そうすると、原告らは、本件建物のそれぞれの賃借期間につき、被告と訴外利明とに対して賃料等又はその相当額の損害金を二重に支払って、損失を被った一方、被告らは、これによって、訴外利明に対する不当利得の返還債務を免れたのであるから、結局、法律上の原因なくして、原告らの損失において利得したものというべきであって、被告ら各自は、不可分債務として、原告五十嵐に対して四四四万円の、原告会社に対して一〇七万八三七〇円の不当利得の返還義務を負うものと解するのが相当である。
また、被告らの相殺の抗弁については、本件全証拠によっても被告らがその主張のような自働債権を訴外利明に対して取得したことを認めるには足りず、被告らの右抗弁は失当である。
四 次に、先に説示した事実関係によれば、原告会社と被告らとの間の本件建物の賃貸借契約は、訴外利明は、昭和六〇年一〇月に原告五十嵐を相手方として本件建物の明渡し及び賃料等相当損害金の支払いを求める訴えを提起して係属中であったこと、東京高等裁判所は、昭和六二年一二月二三日、本件建物を含む本件全体建物の各専有部分が訴外利明の単独所有に属するものとして被告らの請求を棄却する判決を言い渡したこと、これを受けて、原告ら及び訴外利明は、昭和六三年四月七日、前記のとおりの裁判上の和解をするに至ったことなどに照らすと、遅くとも右裁判上の和解期日の昭和六三年四月七日までには、被告らが原告会社に対して本件建物を使用させる債務が社会通念上履行不能となったことによって、終了したものと解するのが相当である。
そこで、保証金六一〇万円の返還を求める原告会社の請求について検討すると、《証拠省略》によれば、被告らは、原告会社との間において本件建物の賃貸借契約を締結するに際し、右保証金の返還につき、賃貸借契約が終了し被告らが本件建物の明渡しを受けたときは、その二〇パ―セントを償却した残額を原告会社に返還するとの合意をしたことを認めることができる。そして、右にいわゆる償却率は、賃貸借契約が少なくとも約定による賃借期間の三年間は継続することを前提とするものであって、期間満了前に賃貸借契約が終了した場合においては、経過期間(昭和六三年四月七日までの二三六日間)に応じて減歩した償却率を適用するものとするのが、当事者の合理的な意思に合致するものというべきである。したがって、被告ら各自は、原告会社に対して、不可分債務として、保証金六一〇万円のうち二六万二七〇〇円を償却した残金五八三万七三〇〇円を返還する義務があることになる(なお、原告会社が本件建物の所有者である訴外利明との間において前記のような内容の裁判上の和解をしたものである以上、これによって原告会社が本件建物を被告らに明け渡したものとして、原告会社が被告らに対して保証金の返還を請求することができることはいうまでもない。)。
次に、更新料二四万四〇〇〇円の返還又はこれと同額の損害賠償を求める原告会社の請求について検討すると、賃貸借契約の更新時に更新料の名目で支払われる金員の性質は、他に特段の事情がない限り、借主が貸主に対して支払う契約更新の条件又は対価であるものと解するのが相当であって、いったん賃貸借契約が更新された以上、たとえ当該賃貸借契約が約定による賃借期間の満了を待つことなく、賃貸人の債務不履行によって終了したような場合においても、賃貸人は、賃借人に対して、不当利得としてこれを返還し又は債務不履行による損害賠償としてこれと同額の損害賠償金を支払う義務を負うことはないものと解するのが相当である。したがって、本件においても、原告会社は、右更新料を支払って、被告らとの間において有効に本件建物の賃貸借契約を締結して、これを借り受けたのであるから、その後に先にみたような一連の経過があったとしても、被告らがこれによって原告会社に対して不当利得として右更新料を返還し又は債務不履行による損害賠償としてこれと同額の損害賠償金を支払う義務を負うべき理由はない(なお、原告会社が平成元年一二月二八日までに被告らに送達された本件訴状によって被告らに対してその履行不能を理由として本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところであるけれども、右解除によっても右賃貸借契約が遡及的に消滅するものではないのであるから、これによって被告らが原告会社に対して右更新料を返還すべき義務が生じるものではないことはいうまでもない。)。
五 以上によれば、原告五十嵐の請求は、被告ら各自に対して不当利得金四四四万円及びこれに対する原告らが前記裁判上の和解に基づき訴外利明に対して本件建物の賃料等相当損害金を支払った日の翌日以後の日である平成三年一月一日から支払済みに至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、原告会社の請求は、被告ら各自に対して不当利得金一〇七万八三七〇円及びこれに対する右同日から支払済みに至るまでの右同割合による遅延損害金並びに償却後の保証金五八三万七三〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日以後の日である平成元年一二月二九日から支払済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 小原春夫 徳田園恵)
<以下省略>